NIPPON FALCONS LEAGUE

Our blog's intention is to request the US government to grant us a chance to defend our mother country Japan at the American court of law regarding the resolution "Comfort Women" passed July 30, 07.

AMERICAN FAIR PLAY 1

blue berry 07

To enlarge click. Blue Berry Hill in Mississippi June 07

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I, Iseheijiro would like to introduce to you the greatest opinion in history of American justice. I hope this article may wake up US Congressman Mike Honda of California, Democrat, regarding his resolution "Comfort Women." I believe the resolution is unfounded and unfair. Excerpt from a 1952 interview with Judge Earl Warren.


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In a 1952 interview with U.S. News & World Report Warren had given his views on the most burning issues in the land - the quetions of keeping communists out of government and of the tactics of Senator Joseph McCarthy of Wisconsin:  

Where do you stand on the McCarthy question?

(Warren) If you refer to unsupported accusations made in blanket form, either against a group of person or an individual, or against our government, without an opportunity for those involved to have a fair hearing on charges that are made against them, I believe it is not in keeping with the American spirit of fair play. I’ve been a lawyer, an officer of the courts, for many, many years and have spent many years of my life in court. I have become devoted to judicial processes and to due process of law. I am quite sensitive on that score.

It is my belief that a man’s reputation is just as valuable to him and perhaps more valuable to him than his property, and that he ought to have an opportunity to defend it with equal vigor under rules that are fair. To the extent that anyone indiscriminately charges individuals or groups of individuals with dishonesty or subversion, or whatever it might be that would destroy reputation, that is in my opinion not in the American tradition and should not be encouraged.


EARL WARREN, CHIEF JUSTICE US SUPREME COURT 1952(DREAM MAKERS AND DREAM BREAKERS BY CARL T. ROWAN , WELCOME RAIN PUBLISHERS1993)

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To: Washington Coalition for Comfort Women Issues, Inc. (WCCW)

We look forward to your response.
Iseheijiro Spokesman for Nippon Falcons League
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「ナカディッシュの町」 1

cotton field

NATCHITOCHES はインデアンの種族名。「ナカディッシュ」と発音する。南部で最古の、スペイン統治時代(250年前)の入植地だ。三つのコットン・プランテーションがある。今、全米でも人気のある退職者の町だ。「鉄のマグノリア」という名画が生まれた町なのだ。伊勢の友人で、NYで、誕生日(6月生まれの会)を一緒にした、オリンピア・デュカカスが出ている。旦那さんも俳優で「屋根裏のバイオリン挽き」で、ウマに乗ったロシア警官の役(ユダヤ部落を追放)だった、ルイさんだ。

「赤い河」という河が北から南へゆったりと流れている。その河は一部分、大きく曲がって、二手に分かれる。西側の川、ケイン川に沿って、ナカディッシュの町はある。橋の上で川面を眺めていると、大きな魚が跳ねる。川鯉だ。フランス風のベランダ、スペイン風の白い館、石畳の馬車道がある。サウス・ウェスタン大学がある大学町なのだ。レストラン・カフェは、大学生がウエイトレス、皿洗いで働いていた。この大学は職業訓練用の州立大学で看護科などに人気がある。女学生は可愛く元気だ。この学生たちは未来を見つめている。60年前の慰安婦なんぞに興味はないのだ。南部人は素直で建設的なのだ。北カリホルニアの日系三世に変質者が出たに過ぎない。赦しはせんが、、

一方の赤い河沿いに、綿畑が広がる。ここから、河舟で南へ下ると、バトン・ルージ(赤い標識という意味)でミシシッピー河に合流する。200キロ南はニューオーリンズ港。原綿は、そこから、アメリカ北部や日本などに輸出される。

綿の採取期は10~11月だ。雨季前に綿を摘む。1930年代、洪水がその年の収穫を全滅させ、一家がデトロイトの自動車の町へバスで逃げて行った。「ペンキで塗られた家」という、ジョン・グリッシャムの小説は悲しい物語だ。奴隷時代には素手でピックした。黒人奴隷の両手が鮮血で染まった絵がある。今は、コンバインで摘み取る。

伊勢平次郎は「DUO]という英語の小説を書いている。ミシシッピーの田舎町を逃げて行く、二人の兄弟の冒険だ。間もなく完成する。「隼速報」で忙殺されて、遅れている。 伊勢平次郎 ルイジアナ
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「南ダコタの旅」 2

donkey o7


峠に20頭ほどの、ロバの群れがいくてを阻んでいた。わが古ベンツを停めて、寝そべっているロバの仔と遊んだ。母ロバは草を食うのに忙しく、怒らないんだ。みなさん、実に可愛い動物だ。アルゼンチンのパタゴニアにでも、牧場を買おうかと思った。

山間の町、KEYSTON は北軽井沢のようだ。巨大な木造ログ・ホテル・野牛ステーキ屋・エスプレッソまである。この地帯は、ラコタ・インデアンの聖地で、BLACK HILLS という箱根のサイズだ。夜は冷える。ウイスキーが美味い。わが妻、3杯目で「もう、やめなさいよ」だって、、

このあたりは、標高1800メートルの高地で、山河に富み、野獣の天国。野生の七面鳥がうろつく。肉が硬くてまずいらしい。1867年、南に隣接するネブラスカのコリンズ砦から、ジョージ・アームストロング・カスター(南北戦争時代の若い将軍)は700の騎兵を率いて、この BLACK HILLS に北上してきた。ここで金鉱が発見されたので、東からのパイオニアが押し寄せたのだ。インデアンとの戦争が始まった。後にカスターは、モンタナのリトル・ビッグ・ホーンで、シャイアン族・ブラックフット族と争い、弟と共に戦死した。カスターは頭を撃ち抜かれ、横にはトマホークで打ち砕かれた弟の死体が横たわっていた。その古戦場も3年前、ワイオミングから旅した。元米陸軍退役軍人がガイドだった。これが、インデアン・騎兵隊の最後の大戦闘とされる。ところで、カスターは米国史では戦争狂人とされる。伊勢は、1945年8月の、ハリー・トルーマンの方が、狂人と言う点では重症だと思う。

この夜は、カスター国立公園のロッジで飯。デービッド・アンドレア・ネータン(7)・イライジャ(2)を加えた騒々しい飯。静寂好きの伊勢も、「まあ、いいや」と諦めたのだ。丸太小屋(エアコン付きだが、寒かった)夜中、40頭は大鹿が出たと翌朝、聞いた。犬どもは、昼間草原を走ったので疲れたのか吼えず。

伊勢・クリステイン・シッポちゃん・チクデン  07年8月の旅
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南ダコタの旅

s.dakota


8・15・07 ルイジアナ~ミズーリ~カンサス~コロラド~南ダコタ~コロラド~ニューメキシコ~テキサス~ルイジアナへ、一ヶ月の夏休みドライブ。

わが妻、クリステインは、コロラド・スプリングスの生まれ。大家族が中西部に住んでいる。彼女の先祖だが、マヌエル・アラゴンは騎兵だった。スペインのアラゴン王国ピレネー山麓のサラゴサから17世紀にガレオン船でフロリダ~メキシコのサンタ・クルーズへ移住した。そのまた子孫は、18世紀にリオ・グランデ河の岸沿いに北上して、コロラドの南であるトーレス峡谷に住み着いた。アメリカが独立する以前の先住民なのだ。カトリックなので教会に記録がある。彼女は、スペイン75%・フランス・ドイツの混血だ。体格良く頑固な性質の女なり。比べて、伊勢の若かりし頃、ホノルルで天台坊主見習い時代、上になったり下になったりして同棲した、11歳年下の、台湾生まれの、シュズは、遺伝子工学の博士号を持っていたが、泣きべそだった。まあ、いいや。未練に聞こえるかんな。

野牛であるが、「バッファロー」が通名。「バイソン」が正式名。南ダコタのカスター国立公園にうろつく。この公園だが、イェロー・ストーンの小型で箱根のサイズだ。しかし、キーストンだの山間の町は気に入ったよ。荒原だから昼も夜も涼しくてね。まず、アフリカ並みの動物天国なのだ。赤狐・熊・鹿・大鹿・野生馬・ライオンが目前を徘徊する。SL蒸気機関車がまだ観光用だがあるんだ。ラショモア山の大統領4人の岩を刻んだ彫刻は、わが妻曰く、「アメリカの傲慢そのもの」だが、壮観だった。ラコタ・インデアンの笛と太鼓の音楽が良かった。CDを買った。ところで、野牛は低脳のようだ。牛のように統率が取れていない。メチャクチャな方角に寝そべったり、突然走ったり、メイク・ラブしていた。肉も美味くはない。かろうじて、ハンバーガーは食える。しかし、バッファローちゃんをミンチにするなんてと思いつつ、頬ばったのだ。

写真集:picasaweb.google.com/nobumanchu ドイツ・ベルギー旅行 

伊勢平次郎・クリステイン・シッポ(黒ラブ雌)・チクデン(白柴雌)より
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プロフィール

伊勢平次郎

Author:伊勢平次郎
Author: Nobuyoshi Ozaki

A long forty six years have passed since I stepped on to American soil. I have had various odd jobs in the past until I recently retired. Examples include working with Steven Spielberg as assistant director in a film called "1941." I was supervisor and later became Public Relation representative for Toyota Group - USA. My last occupation was a Senior Research analyst working in Silicone Valley for a major news paper from Tokyo, Japan. My spouse, Christine is a flight attendant, traveling often to the Middle East and Africa. We have spent three quarters of our life together as world adventurers. This photo was taken in Argentina. We now live in swampy Louisiana.

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